はじめに

　宴会での乾杯や風呂上がりの一杯など、いまやすっかり日本の酒宴には欠かせない存在にあるビールです。キリンビール大学が公開している統計資料によれば、世界の総消費量は、約1億8,672万キロリットルで、東京ドームに注ぐと、約151杯分注げるほどの量を年間飲みきっているのだそうです。

　さて、このビールの主原料は、麦芽（大麦）とホップです。日本の場合は、これを補う原料としてとして米やコーンスターチなどを使うことや、海外では香辛料なども入れることもありますが、それでも主原料は大麦であることは、国を問わずほとんど変わりません。

　この主原料である大麦は、小麦などと同様、グリホサートの収穫前散布「プレハーベスト処理」が行われることがあるといわれています。グリホサートによるプレハーベスト処理は、これまで小麦製品のグリホサート残留調査などで報告してきたように、最終製品までグリホサートが残留してしまう例があることがわかっています（報告1/報告2）。このような例を考慮すると、ビールやその類似製品にもグリホサートが残留している可能性があると考えられます。

　実際、これまでに海外の市民グループなどが、ビールのグリホサート残留調査をおこない、その結果を報告しています。検出されている数値は、私たちの施設で取り扱ってきた小麦製品などの結果に比べれば小さいものですが、さまざまなビールからグリホサートが検出されることが示されています。

　そこで、今回、私たちは、日本で流通されているビール（発泡酒およびリキュール類）について、LC-MS/MS法によるグリホサートの残留調査をおこないました。なお、この調査は、遺伝子組み換え食品いらない！キャンペーンさんとの共同調査となっています。

分析方法などについて

• サンプルの入手期間は、2019年3月から4月にかけて、オンライン通販、実店舗からの購入により入手しました。
• 入手できたのは、ビール15製品、発泡酒2製品、リキュール類（発泡性）5製品の合計22製品でした。また、瓶ビールは6製品、缶ビールは16製品でした。
• ビールの製造国は、日本13製品、アメリカ3製品、アイルランド1製品、インドネシア1製品、タイ1製品、中国1製品、ベルギー1製品、メキシコ1製品で、合計6カ国となりました。
• グリホサートの残留検査は、高速液体クロマトグラフ質量分析計を利用した弊センター開発のグリホサート試験法で実施しました。検査対象成分は、グリホサートおよびその代謝物AMPAとなっています。本試験によるグリホサートの定量限界は0.02ppm、AMPAは定量限界は0.1ppmです。試験系は、ガラスフリー、極力メタルフリーで行っています。
  • LC/MS/MS法の条件について
    高速液体クロマトグラフ質量分析計：島津製作所製LCMS -8050
    分析カラム：InertSustain C18(metal free column) 3um, 2.1x150mm
    データ処理：島津製作所製LCMS Solution / Insight
    定性・定量：ESI/MRM

結果

　表1に示すように、 22製品中2製品でグリホサートの検出が認められました。いずれも、定量限界以下での検出でした。

　なお、「痕跡」は、定量限界以下、検出限界以上で検出があったことを示します。わかりやすく説明をしますと、本分析法で、残留は確認できるけれども、濃度が決められるほどの濃度ではなかったという意味です。食品衛生法上は、不検出と同等と扱われます。

表1 市販ビールのグリホサート残留調査結果2019

No.	画像	商品名	製造国	酒税法での分類	製造者・輸入者	分析結果(ppm)
1		キリン一番搾り350ml (Test1)	日本	ビール	麒麟麦酒株式会社	検出せず
2		アサヒスーパードライ 350ml(Test1)	日本	ビール	アサヒビール株式会社	検出せず
3		ヱビスビール 500ml	日本	ビール	サッポロビール株式会社	検出せず
4		サッポロ生ビール黒ラベル 350ml	日本	ビール	サッポロビール株式会社	検出せず
5		ブルームーンボトル	アメリカ	発泡酒	輸入者：モルソン･クアーズ･ジャパン株式会社	検出せず
6		ミラージェニュインドラフト	アメリカ	ビール	輸入者：モルソン･クアーズ･ジャパン株式会社	検出せず
7		コロナ・エキストラ 355ml	メキシコ	ビール	Anheuser-Busch InBev Japan株式会社	検出せず
8		ハイネケン	国産（麦芽外国製造）	ビール	麒麟麦酒株式会社	検出せず
9	瓶破損により写真なし	BINTANG	インドネシア	ビール	株式会社池光エンタープライズ	検出せず
10		青島	中国	ビール	株式会社池光エンタープライズ	検出せず
11		ステラ・アルトワ	ベルギー	ビール	Anheuser-Busch InBev Japan株式会社	検出せず
12		アサヒスーパードライ 350ml(Test2)	日本	ビール	アサヒビール株式会社	検出せず
13		ブルームーン缶350ml	アメリカ	発泡酒	輸入者：モルソン･クアーズ･ジャパン株式会社	痕跡
14		ギネスドラフト350ml	アイルランド	ビール	麒麟麦酒株式会社	検出せず
15		キリン一番搾り350ml(Test2)	日本	ビール	麒麟麦酒株式会社	検出せず
16		プレミアムモルツ350ml	日本	ビール	サントリービール株式会社	検出せず
17		プライムリッチ350ml	日本	リキュール(発泡性)	アサヒビール株式会社	検出せず
18		シンハー350ml	タイ	ビール	輸入者：モルソン･クアーズ･ジャパン株式会社	検出せず
19		金麦RICHMALT	日本	リキュール(発泡性)	サントリービール株式会社	検出せず
20		クリアアサヒ贅沢ZERO350ml	日本	リキュール(発泡性)	アサヒビール株式会社	検出せず
21		のどごしSTRONG350ml	日本	リキュール(発泡性)	麒麟麦酒株式会社	検出せず
22		麦とホップ黒350ml	日本	リキュール(発泡性)	サッポロビール株式会社	痕跡

考察と補足

• 22製品の検査を行ったところ、2製品からグリホサートが「痕跡」レベルで検出が認められました。いずれも今回の試験法の定量限界以下での検出で、定量はできませんでしたが、推定濃度5 ~10ppb程度と考えられます。
• 日本の食品衛生法には、ビールにグリホサートの残留基準値は設定されていません。主原料の大麦については、30 ppmが設定されています。サントリーさんが紹介するビールの原料比率によれば（サイト）によれば、大瓶633mlに大麦を約110~120gほど使用するとあります。単純な計算をすれば、大麦の重量に対して5倍に希釈された状態で完成すると考えられます。この加工係数や、途中の加工工程などを踏まえれば、違反に相当する大麦を使用して製造された可能性は低いと考えられます。以上の点を踏まえれば、今回検出された濃度では、食品衛生法の判断に基づけば、違反にあたることはなく、安全に飲用できる製品であると評価されることになります。
• 大麦を発芽させて作られる麦芽が、ビールでは使われますが、麦芽の生産国がどこであるのかについては、確認できていません。22製品のうち、唯一ハイネケンで、「麦芽（外国製造）」となっていました。麦芽の原料となる大麦の生産国は製造時期などによって比率が異なったりすることから、製造国の正確な表記は難しいという背景もあると考えられます。
• 今回の検査の定量限界は、これまでに実施してきた小麦製品調査の2倍程度となっています。これは、私どもの現在の試験法では、定量限界をあまり引き下げることができない理由があるためですが、分析装置で確認できる生データを確認する限り、ビールでは、これまでに検査をおこなってきた小麦製品ほど、グリホサートの残留値は高くないようです。
• 検出が認められたのは、アメリカCoors社が製造、モルソン･クアーズ･ジャパン株式会社が輸入をしている「ブルームーン350ml缶」、およびサッポロビール株式会社が製造販売をしている「麦とホップ350ml缶」でした。検出が認められた2社製品が、意図的にグリホサートが含有されている大麦を選んで生産をしているということではないと考えられます。現在、世界の市場で流通される大麦の多くが、グリホサートによるプレハーベスト処理の影響を受けていると考えられることから、製品ロットが変わったり、試験法の検出感度を改善するなどの条件があれば、他社の製品でも検出される場合があると予想されます。
• 検査部門にいるものにとって「LC-MS/MSといえば、SCIEX」というほど有名な分析機器メーカーがありますが、このSCIEX社とThe Munich Environmental Institute（ミュンヘン環境研究所）が2016年に行ったビール40製品の調査レポートがあります。この調査では、14製品からグリホサートが定量できたと報告しています（45ページ）。その検出濃度の範囲は、0.5 〜 30 ug/L（ppb表記なら0.5 〜 30 ppb、ppm表記なら0.0005〜0.030 ppm）だったようです。これを見ても、ビール中のグリホサート残留量は、小麦製品ほどではないことがうかがえますが、その一方で、51ページの棒グラフでは、40製品すべてで検出は認められていることを示すグラフの立ち上がりが確認できます。これは、SCIEX社が実施した試験法の定量限界である0.2 ug/L以下で、検出が認められる製品が、かなりあることを示していると見ることができます。ビール中のグリホサート残留濃度は、小麦製品に比べれば低いが、検出頻度は高い、ことを示している、と読むことができそうです。余談ではありますが、この資料によれば、ドイツでは大麦へのグリホサートのプレハーベスト処理は禁止されているようです。
• MOMS ACROSS AMERICAが2017年に行ったビールとワインの調査レポート「TEST RESULTS OF WINE AND BEER」では、3製品についてLC-MS/MSを使用した試験を実施し、3製品全てからグリホサートを検出しています。検出濃度は、グリホサートが0.90~10.23 ppb、AMPAが0.081~2.25 ppbとなっています。
• ホップにもグリホサートによるプレハーベスト処理がおこなわれているかどうか、またホップにグリホサートの残留例があるかどうかについては、オンライン上を探してみました。いまのところ、そのような実態を示す情報を確認できていません。なお、行われていたとしても、ホップが製品全体に占める割合は小さく、検査結果に与える影響も小さいと考えられます。
• 今後は、オーガニックビールやクラフト系ビールなどにも調査を進めていく計画です。みなさんからの調査研究資金の支援をお願いいたします。

関連リンク

キリンビール大学レポート：2017年世界主要国のビール消費量

モンサント社：グリホサートの有益性と安全性（PDF)

分析センター調査レポート：輸入ワインのグリホサート残留状況調査2018 1st

分析センター調査レポート：小麦製品のグリホサート残留調査1st

分析センター調査レポート：食パンのグリホサート残留調査2019

MOMS ACROSS AMERICA:TEST RESULTS OF WINE AND BEER

AB SCIEX: LC-MS/MS Quantitation of Underivatized Glyphosate and Other Polar Pesticides（LC-MS/MSメーカーのAB SCIEX社がおこなったビールの2016年調査結果）

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