はじめに
福島第一原発事故により放出された放射性セシウムは、日本各地に拡散しました。その結果、農地や居住空間、自然環境などさまざまな分野において、広く放射性セシウムによる汚染問題を引き起こしました。特に食品の汚染は、さまざまな品目で確認され、多くの人が日々の生活において、不安をもって過ごさなければいけない事態が続いています。
この食品汚染は、乳幼児などに与える粉ミルクでも確認されています。株式会社明治さんらの発表によれば、2011年3月中旬に埼玉県春日部市の工場で生産された「明治ステップ(850g 缶）」の一部製品から21.5~.30.8Bq/kgの放射性セシウムが検出されたとあります。この件については食品安全委員会がまとめた資料が参考になります。
さて、乳幼児などに与える粉ミルクの放射性セシウムによる汚染実態は、どのような状況にあったのでしょう、また現在までどのように変化してきているのでしょうか。厚生労働省や自治体などが行った食品の調査データをデータベース化し、公開している国立保健医療科学院のサイトによれば、2011年8月から2012年2月にかけて、乳幼児用調製粉乳31件、乳幼児用調製粉乳（0ヶ月頃から）1 件の合計32件について調査が行われたという記録があります。検体によって検出限界（概ね5 Bq/kg以下）に違いがあるものの、検出が認められた検体はゼロ件でした。さらに、2013年から2016年6月までには、乳児用調整ミルク7件（2015年7件）、乳幼児用調製粉乳56件（2013年12件、2014年16件、2015年17件、2016年11件）の調査がおこなわれていますが、この調査でも検出が認められたのはゼロ件でした。
粉ミルクのような製品から、放射性セシウムが検出されるのは、いくつか理由が考えられます。一つは、粉ミルクは製造時、乾燥のために大量の空気を利用しますが*1、製造時期に、大気中に放射性セシウムを含むプルームが浮遊していたりすると、それが製品に溶け込み、検出されることにつながると考えられます。明治ステップからの検出例はこれに当てはまるでしょう。株式会社明治さんの説明によれば、検出された製品は、3月14 〜20日に製造されたものとされており、原発から放射性物質の放出が多量に起きていた時期*2と重なります。
*1 粉ミルクを製造するドライヤーは1kgの粉ミルクを作るために約30立方メートルの空気を使う（twitter：@hideoharada：原田英雄）
*2 福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気中の挙動,大原利眞,森野悠,田中敦,保健医療科学 2011 Vol.60 No.4 p.292-299
もう一つは、放射性セシウムを土壌から吸収してしまった牧草を牛が食べ、それが乳に移行したことに由来すると考えられます。乳自体には、高い濃度で放射性セシウムが含まれていなくても、粉ミルク製造の過程で、水分が除かれることにより、濃度が高まり、検出されることが考えられます。
この調査は、事故から5年が経過した今日、おもに乳幼児に使われる粉ミルクから、放射性セシウムが検出されるかどうか、また、検出された場合、どのぐらいの数値のものがあるかについて、私たち自身の手でも確認をしようと考え、実施したものです。
試験方法について
- 2016年6月、農民連食品分析センター周辺にある薬局やAmazonからの通販にて購入した乳幼児用調製粉乳についておこないました。
- 対象とした調製粉乳は、フォローアップミルク*3（満9ヶ月頃から3歳頃まで）に限定して行いました。
*3フォローアップフォーミュラは生後6ヶ月以降の乳幼児に対する、離乳期の液状離乳食として使用することを意図して製造された食品/1987年FAO/WHO Codex委員会：和光堂のHP - 測定にはゲルマニウム半導体検出器（CANBERRA社製GC2020）を用い、定量はLabSOCSによる効率校正を使用しました。購入した製品を開缶し、中身を2Lマリネリ容器に充填、これを43200秒間測定しました。
- 試験日は、No.1 明治ステップが2016年6月14日、No.2 森永チルミルが2016年6月15日、No.3 アイクレオのフォローアップミルクが2016年6月16日、No.4 和光堂ぐんぐんが2016年6月17日、No.5 雪印たっち２が2016年6月20日、No.6 ビーンスタークつよいこが2016年6月22日となっています。
結果
以下に示すように、1製品で放射性セシウムの検出が、１製品で痕跡が認められました。
- N.D.は検出限界以上の放射性セシウムを検出しなかったことを示します。
- 痕跡は検出下限値以下で2σ以上の有意な検出が認められたことを示します。
| No. | 品名 | 製造者 | Lot.番号 | 結果 | 検出下限値 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Cs137 | Cs134 | Cs137 | Cs134 | |||||
| 1 |  (前/後/上/下) |
明治ステップ | 株式会社明治KS | 12:11/05A | N.D. | N.D. | 0.264 | 0.217 |
| 2 |  (前/後/上/下) |
森永チルミル | 森永乳業 株式会社MD | 6B16/D44 | N.D. | N.D. | 0.241 | 0.243 |
| 3 |  (前/後/上/下) |
アイクレオのフォローアップミルク | アイクレオ株式会社KA( 柏原工場(兵庫県) |
6D27 14389 | N.D. | N.D. | 0.271 | 0.227 |
| 4 |  (前/後/上/下) |
和光堂フォローアップミルク ぐんぐん | 和光堂株式会社TU | 6D06 08:54 | N.D. | N.D. | 0.254 | 0.188 |
| 5 |  (前/後/上/下) |
雪印たっち2 | ビーンスターク･スノー株式会社群馬工場 | 6B22 14:33:19 | 0.540 | N.D. | 0.234 | 0.242 |
| 6 |  (前/後/上/下) |
ビーンスターク つよいこ | 雪印ビーンスターク株式会社 | 6D13 13:53:41 | 痕跡 | N.D. | 0.315 | 0.280 |
考察
- 6製品中1製品で放射性セシウムが検出されました。検出されたのは雪印ビーンスターク株式会社*4 の「雪印たっち２（Lot.6B22 14:33:19）」でした（表1）。
*4 ビーンスターク・スノー株式会社は2016年4月に雪印ビーンスターク株式会社に社名変更した。 - 雪印ビーンスターク株式会社の「雪印たっち２（Lot.6B22 14:33:19）」からは、セシウム137が0.540 Bq/kg検出されました。この数字は、厚生労働省の定める乳児用食品の基準値「50Bq/kg」を約90分の1に相当します。
- 検出の理由は、製造者に問い合わせを行っていないこともあり、推定の域を出ませんが、検出値のレベルと、現在、福島第一原発から長距離に渡って飛来する放射性セシウムは少なくなっていることなどを踏まえれば、原材料として使用されている脱脂粉乳、バターミルクパウダー、乳清タンパク質濃縮物、ホエイパウダー、全粉乳などの乳由来原材料に含まれていた放射性セシウムの可能性が高いと考えられます。
- 厚生労働省の資料にならって、この製品を使用したときの最大摂取量を計算してみました。雪印たっち２の製品缶に記載されている調整方法から、粉ミルクの摂取量（1ヶ月あたり）を算出すると、以下のようになります。
- 9〜12か月齢で5回与える場合（760ml/日飲むと106.4g/日）、3.192kg/月
- １〜3歳までの場合（400ml/日飲むと56.0g/日）、1.680kg/月
- ICRP（国際放射線防護委員会）Pub72に基づく経口摂取した場合の実効線量係数（mS/Bq）は、以下となっています。
- 0歳児の場合、セシウム134は0.000026、セシウム137は0.000021
- 1歳児の場合、セシウム134は0.000016、セシウム137は0.000012
- 2〜7歳児の場合、セシウム134は0.000013、セシウム137は0.0000096
- 以上の数値を使って、この製品を赤ちゃんに与えた場合の身体への影響量（mS：ミリシーベルト）を評価してみると、以下のようになります。
- 9〜12か月齢では、0.540Bq/kg x 3.192kg/月 x 0.000021mS/Bq = 0.000036 mS/月、年間だと0.00043mS/年となります。
- １歳以降では、0.540Bq/kg x 1.680kg/月 x 0.000012mS/Bq = 0.0000109 mS/月、年間だと0.000130 mS/年となります。
- 3歳では、0.540Bq/kg x 1.680kg/月 x 0.0000096mS/Bq = 0.0000087 mS/月、年間だと0.0001045 mS/年となります（計算式の係数を入力ミスしていたのでなおしました。計算結果は変わりません。ご指摘ありがとうございました。2016年8月20日）
- 食品安全委員会がまとめる資料によれば、自然界に存在する放射性物質により、日本人が食事から被爆する影響量は、年間0.41ミリシーベルトとされています。このような評価にならえば、今回の調査で検出が認められた雪印たっち2を摂取することによる影響は小さいと評価されることになるようです。
- なお、今回の6製品は、43200秒で測定を実施しています。この測定時間では定量は困難な痕跡レベルで、雪印ビーンスターク株式会社の「ビーンスタークつよいこ（Lot.6D13 13:53:41）」からセシウム137が検出されていました。そこで、この製品のみ測定時間を倍の86400秒まで延長した検査を実施しました。
- 測定時間を延長して実施したところ、雪印ビーンスターク株式会社の「ビーンスタークつよいこ（Lot.6D13 13:53:41）」から、セシウム137が0.174Bq/kg定量されました（表２）。
表２ 乳児用調整粉乳の放射性セシウム検出(2016その１） 追加試験 No. 品名 製造者 Lot.番号 結果 検出限界 Cs137 Cs134 Cs137 Cs134 6 
(前/後/上/下)ビーンスターク つよいこ 雪印ビーンスターク株式会社 6D13 13:53:41 0.174 N.D. 0.173 0.164 - 以上の結果から、市販の調製粉乳製品には、2016年のものであっても、放射性セシウムを含む製品が流通していることが確認されました。検出される数値は、現在の科学的知見によれば、低いレベルのものであると評価されるものですが、この検出に対して私たちは検査に携わるものも、いらだちを感じずにはいられません。私たちは、乳児のために高いレベルで品質、衛生管理を行い、粉ミルクを生産するメーカーが日本にはあることを知っています。また 日本には日本の大地で乳を生産することを愛してやまない生産者がいることを知っています。製造に関わるだれもが、検出されるレベルが高いか低いかなどは関係なく、放射性セシウムを含む製品を生産したいとは思っていないはずです。また、粉ミルクを使う家庭にとっても、願わないものだと思います。大切な子供たちに不安な食事を与えなければならないような事故が二度と起きないよう、私たちは取り組みを強めていく必要があると考えます。
- 調製粉乳についての調査は、今後も継続をして行っていく予定でいます。次回は、0歳児向けのミルクを考えています。調査に関して、みなさんの支援をお願い致します。
関連リンク
株式会社明治：明治ステップ(R)製品ページ
森永乳業：森永チルミル製品ページ
アイクレオ株式会社：子育てを応援する、粉ミルクICREO製品ページ
和光堂株式会社：商品ガイド：乳幼児食品：フォローアップミルクぐんぐん(R)の製品ページ
雪印メグミルク株式会社：「ぴゅあ＆たっち」：雪印メグミルクの粉ミルクの製品ページ
和光堂株式会社：赤ちゃん通信：No.21もっと知りたい*フォローアップミルク*
食品安全委員会：放射性セシウムが検出された粉ミルクについて（平成23年12月8日）
国立保健医療科学院：食品中の放射性物質検査データ
福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気中の挙動,大原利眞,森野悠,田中敦,保健医療科学 2011 Vol.60 No.4 p.292-299
twitter：@hideoharada：原田英雄
今回対象とした製品以外の粉ミルクを検査してみたい方へ
これから、第２調査のための募金をはじめる計画でいます。今回調査できなかった製品と対象年齢がことなる製品について実施する予定です。もし、その前に、個人的に検査をしてみたい方は、分析費用をいただくかたちになりますが、私たちまでご相談ください。
検査方法は、ミルクの缶を開封して検査する方法と缶を開封せず検査する非破壊検査の２つがあります。後者の試験方法は、検査精度と検出できる限界値は劣りますが、赤ちゃんに確認できたものをあげたい場合などは、開封せずにすむ後者の検査法を選択することが衛生的であるといえます。
募金のお願い
私たちの調査活動は、募金で運営されています。支援をお願い致します。
世界では、経済性と効率化、企業のもうけのみを追求する強権的な貿易システムが推し進められようとしています。生命の営みとそのつながりを尊ばない食糧供給システムの流れに、分析と調査と人々のネットワークの力を使い、私たちは抗いたいのです。お力をお貸し下さい。
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