(PDF版)
4月26日12時から東京電力本社前で、牛を引き連れ、野菜を積み重ね、怒りの声を上げます。
福島、茨城からもたくさんの農家が集まる計画です。
被害にあった農民のために、
東北の野菜を大事にしてくれた消費者のために、
国際農民組織Via campesinaの代表として、
日本、世界の農民に同じことが起きないように。
私たちは声を上げます。
支援をお願いします。
進まない会員の所在確認にもどかしさを感じながら・・・
4月16 日(土)庄内産直センターの方と一緒に相馬市立中村第二中学校・小学校の避難所で炊き出しをしました。
この避難所は相馬市原釜・尾浜地区の方が多 く津波の被害で、家を失った方達ばかりでした。避難者名簿を見せて頂き、浜通りの会員がいない事に少しだけホッとし、でもなかなか進まない所在確認にもど かしさを感じました。
炊き出しは、庄内の方が手際よく豚汁を作ってくださり、小・中学校と二手に分かれてスムーズに豚汁を渡すことが出来ました。避難所の 方達からは喜びの声が上がり、何杯もおかわりをしている様子でした。
(浜通り農民連 米本操)
「私たちはすぐ隣の県の仲間です。」
相馬市に入り目的地に近づくにつれ、テレビで映し出されていることが現実のことであるのだと自分の中ではっきり認識された。
炊き出しの片付けの後、相馬港やもっとも被害の大きいと言われる水田地帯を案内していただいたが、筆舌に尽くしがたいというのはまさにこういうことをいうのであろうと思った。
海岸から5~6キロはあろうという田んぼにまでも松の大木が散乱しており、港地区では大型バンプカーや大型タイヤローダーがひっくり返っていたり、漁船としてもかなり大型の船が住宅にのしかかっていたり、道路をふさいでいたりという状況はひどすぎるという以外に表現の仕方が見つからない。
浜通り地域でも、相馬地区は優良な水田地帯とのこと。同じ稲作農民として被害に遭われた方々にどのように声を掛ければよいかわかりません。しかし、絶対に諦めないで頂きたい。地震と津波は自然災害ですが、原発問題については事の真相が明らかにつれ、政府が進めてきた原発政策、東電の企業体質等など怒りが増幅してきます。半径20~30キロで済む問題ではない。
被災されたみなさん、私たちはすぐ隣の県の仲間です。可能な限りの支援をします。どうか遠慮しないで要請してください。共に闘いましょう。
(庄内農民連・加藤俊行)
「福島の元気もらって・・・」
忙しい中…こちらの都合でお邪魔したのに時間さいてもらって…ありがとうございました。 健洋さんの話を聞いて、こんな状況の中で…へこんでなくて、会員拡大につなげようとしてること…すごいなぁと感心して、反省しながら帰ってきました。
相馬から宮城の東部道路など経由して…石巻も寄ってきました。先週行った陸前高田市とはまた違う沿岸部の様子…なんとも言えない。
私は、この自分で見たこと、聞いたことを県内の仲間に伝えて支援を続けていきたいとおもいます。福島の元気をもらって…私達も拡大に取り組んで一緒にがんばる仲間を増やすことが、これからできることかな…と思ってます。
(青森県連 宮川れい子)
2011年4月20日 福島県農民連
農民連と食健連は来る4月26日、東京電力本社と農水省に対して、農産物への放射能被害などの全面的な賠償を求める「4.26抗議・賠償請求行動」を行います。被災各県では、この機会に農民の怒りの声をぶつけようと、大挙して上京する準備を進めています。
福島からはバス2台
福島県連は、大型バス2台と新幹線を使って100人を超える代表団を送り出そうと、取り組みを強めています。県北農民連は20日に生産者緊急全体会議を行い、84人の生産者が参加。「汚染された土で作った米を消費者に提供できない」「生しいたけも出荷制限を受け、一箇所にまとめているが、精神的にもつらい」「東電には生活費などの一時金を出させるべき」など、多くの不安や怒りの声が出され、参加者は「賠償請求運動を多くの農民とともにたたかおう」と確認しあいました。
「支店では話にならない」(茨城)
茨城県は、全県から30人を超す農民が参加予定です。茨城県南農民組合から参加する四ツ谷さんは、ほうれん草を1町歩作っていますが、出荷停止で無収入。4月5日に県連の仲間と東電茨城支店を訪れ、「種代・肥料代などで毎月20万円もの請求が来る。賠償金の仮払いを早くしてほしい」などと訴えたものの、東電の担当者は涙ながらの訴えに顔色ひとつ変えず、聞きおくのみでした。「支店では話にならない。売れずに伸びきったほうれん草を、東電本社前に積み上げてやる」と、四ツ谷さんは、本社行動へ決意を固めています。
中央諸団体からも多数の応援
農民連本部は「4・26行動」への協力要請を160団体に郵送。21日には上山興士さんが、新婦人や自治労連、東京地評など17団体を訪問し、協力を申し入れました。訪問した団体ではどこでも真剣に聞いてくれ、「政府・東電は責任を持って賠償すべきだ」「震災で食糧やエネルギーの大切さを実感した。国内農業を守ることが本当に大切」「復興を理由にTPP推進などとんでもない。ぜひ参加する」などの激励を受けました。国公労連の事務所には、風評被害をはね返そうと「応援野菜」が置いてあり、組合員に協力を呼びかけていました。
2011年4月21日 農民連地震対策本部
ビア・カンペシーナを通じて、世界の多数の団体や個人が農民連の震災速報ブログを紹介し、世界に支援を呼びかけています。ここではその一部を紹介します。
英語とスペイン語で検索して出てきたサイトはざっと見で20はありましたがここではそのいくつかを紹介しました。
上記のサイトを見て実際に募金をしてくれた方々もすでにいます。
世界の団体・個人が日本への支援を呼び掛けてくれていることを心より感謝申し上げます。
農民連国際部
16日に宮城県東松山市へ炊き出しに行ってきました。

その後、宮城県農民連の案内で被災地視察をおこなったときの映像です。あまりにも壮絶で、ガラにもなく胸が苦しくなり動悸が止まりませんでした。
置賜青年部 渡沢
携帯に母の留守電が入った。
週末実家に帰ると、テレビには〇〇町〇マイクロシーベルトとあいかわらず青のテロップが流れてた。
わが家は水苗代でポット苗。並べる時、ぬかるみで運ぶ作業に人手がいる。
ハウストンネルの中は、昨年収穫した籾を芽出しした稲の種がまかれた箱(深さ約2センチ)が2列にまっすぐ並べている。風を気にしながら例年になく、昼抜きで作業をやりきった。今年はチヨとモチ、黒米の3品種。標高が高く日照が短い山間部なのでコシは出来ない。
やっと終えると肉体の疲れと今年も種をまけた安堵感からか、家族4人で中ノ沢の湯とソバで労った。
今年は残雪が多く、県沼尻支場(牧場)の「バラ線張り」のパートもおくれそうだと母。
朝、東京に帰る時、牛ふんを運ぶダンプカーと手を挙げてあいさつしてすれ違った。
いつもになく笑顔だ!今日から集乳がはじまる。
2011年4月18日 渡辺
本日予定通り、矢本地区でそばとカレーライスの炊き出しを行いました。朝7時半に炊き出しの材料と米7俵などの支援物資を積んで、トラック2台、乗用車8台で出発。山形県食健連の加藤会長ら山形県食健連、山形県農民連の各会員22名が参加しました。
東北自動車道までは順調でしたが、仙台南部道路に入るや渋滞に巻き込まれ、予定よりも1時間遅れて東松島に到着しました。一足早く到着していた私の前任者の前県連事務局長の菅野駿さんがすでに大なべ2つをせってしていてくれたので、あいさつもそこそこにガスコンロ、なべ、カレーの大なべの準備を始めました。
宮城県連の事務局長の鈴木さんも到着し、かんきつ類やリンゴも準備され、県連青年部の新関部長と渡沢事務局長がてきぱきと準備をしてくれたおかげで、予定よりもやや早く11時半前から炊き出しが始まりました。
炊き出しでは、仙台市の民族歌舞団ほうねん座の座長の佐藤さんら3名、宮城県食健連の方たちにもお手伝いしていただきました。
12時過ぎに雨が降り出し、残念ながら予定の1000食には届かず、そば約500食、カレーライス約100食の提供という結果でした。
炊き出し終了後、宮城県連鈴木事務局長の案内で参加者は被災地を見て回りました。私は、残念ながら後片付けに手間取り、おいて行かれたため、道に迷い、被害の比較的少ない地域を回りました。
比較的被害が少ないとはいえ、田畑があったと思われる地域は、流木や車がまだ残り、田んぼと畑の区別がつかない状況でした。主な道路は、がれきや土砂が取り除かれ、通行は確保されていましたが、田畑を眺めてみると「今年の作付は不可能なのではないか」と思われる状況でした。
今回は、あわただしく訪れたため、地元の農民連会員の皆さんから詳しい状況を聞くことができませんでしたが、被災地を直接この目で見て、被害の大きさと「息の長い支援活動が必要」ということだけは強く感じました。
山形県連 洞口
より大きな地図で 農民連災害支援隊地図 NOUMINREN relief map を表示
神奈川 救援第4弾 岩手・陸前高田へ
神奈川農畜産物供給センターは、救援活動第4弾として16日に、岩手・陸前高田市を訪ねて被災地支援を行いました。今回の支援には千葉の八千代牛乳・船橋センターからも合流し、総勢10名となりました。
今回の支援では、神奈川センターの女性職員が総出でカットした野菜・肉、手作り餃子やウインナーなどの食材と、母親シャボンから提供された大量の救援物資をトラックとバンに満載して届けました。
16日は二組に分かれて市内五ヶ所の避難所で炊き出しを行いました。
300人規模のある避難所では、被災中の女性たちが大勢で毎日の食事を用意し、和気あいあいの楽しい雰囲気でしたが、「こうしてると辛さを忘れられる」「1ヶ月、調理場以外は出たことがない」「津波が来ても泣かねかったのに、前みなさんが来てくれた時には涙が出たよ」との声もあり、現実の厳しさに声を失いました。
餃子を食べた皆さんが口々に「餃子を食べるの1ヶ月ぶり!」と、とても喜んでくれ、「昨日はラーメン屋さんがボランティアに来てくれて、ラーメンを1ヶ月ぶりに食べた。みんな思い切り音を立てて食べたよね」と言って、みんなで大笑い。「来月また炊き出しに来るときは、何が食べたいですか?」と聞いたら、リーダー的な女性がすぐ「チーズケーキ!」と返して、またみんなで大笑いしました。
「復興達成まで、支援をやり抜く」と決意
神奈川の今森さんは「被災した人たちが、当たり前に出来ていた生活を取り戻すことが、必要だと思う」「復興が達成されるまで、支援をやり抜く」と決意を込めて話しています。
今回我々の受入で尽力して下さった共産党市議の藤倉さんは、「農民連の活動は素晴らしい。我々も農民連組織が発展するよう協力したい。それが恩返しにもなるのではないか」との言葉を寄せて下さいました。
(同行した農民連ふるさとネット笠原尚さんからのレポートです)
2011年4月17日 農民連災害対策本部
農民連ふるさとネットワークは、「原発事故による風評被害で暴落している茨城県・千葉 県の野菜を応援しよう」と、新たな産直企画「応援野菜」に取り組んでいます。
「応援野菜」の始まりは、千葉県連からの「風評被害で、旭市のキュウリが市場で取引 されなくなった。何とかならないか」との要請と、準産直米を扱っている米屋さんからの 「被災地の支援をしたい」「応援できる野菜はないか」と問い合わせが同時にきたことでし た。ふるさとネットが関東各県に呼びかけてみると、茨城県内を中心に各地から風評被害 の報告が相次ぎ、産直にも強い期待が寄せられました。さっそく茨城県産のレンコン、ウ ド、菜の花、ネギ、コマツナ、ミズナ、千葉県旭市産のキュウリなど、安全性の確認され た野菜をリストにして、日ごろお付き合いのある労組や民主団体、米屋さんなどに案内し ました。
取り組みを始めると、「自分も福島郡山の出身、何とかし たい」(東京都区職員生活協同組合の事務局の方)、「私の実 家がある茨城県も、たいへんな被害を受けました。農家の 心労を思うと、私たちができることは本当にささやかです が、支援の一つになればと思います」(保育園の栄養士さん) などと大きな反響が寄せられ、注文も相次いでいます。中 には「陸前高田へ送りたい」と、そのまま支援物資として 送るケースありました。
また、農民連加盟の日本販売農業協同組合連合会(日販 連)もこの取り組みに賛同し、21 日に新宿農協会館前で即 売会を計画しています。新たな支援が広がっています。
宮城県農民連が「軽トラック」を探しています。被災した農家は津波で車が流され、避難 所から被災した自宅に通ったり、物を運ぶ手段にも事欠く実情。「そろそろ作業が忙しくな る時期。軽トラックが手に入らないだろうか」「安く譲ってもらうと助かります」と切実な 要望が寄せられています。名義変更・運び方など、煩雑な手続きもありますが、知恵を出し 合って支援しましょう。問い合わせは農民連本部(03-3590-6759)まで。
2011年4月16日 農民連地震対策本部