
いま、福島第一原発事故により、放射性物質汚染が広がっています。この事故は日本の食品安全分野に大きな傷をもたらしました。これまで、ただひたすら安全神話を唱え、様々な科学的な知見に基づく問題指摘に対しても原子力政策を顧みることもせず、なんの責任もない農家、消費者、流通業者、日本の繊細な自然と生態系を容赦なく傷つけたこの事故は、断じて許されるものではありません。
原発事故は、多くの農家から生産をつづける希望をうばい、後継者の夢を踏みつぶそうとしました。原発事故は、日本の農産物を愛してくれた消費者に、闇のように暗く冷たい不安な思いを与え、地震被災地を支えてあげたいという心までも折ろうとしました。原発事故は、農村から消費地へ、作物を届ける喜びを持った流通業者の心に悲しい気持ちと、疑心を生ませました。
このひどいとしかいい様のない状況を、この原発だらけの日本において予測し、検査態勢を構築しておかなかった見込みの甘さを私たちはいま悔いています。しかし、立ち止まっているわけにはいきません。私たち分析に携わるものとしてやれる限りの行動をしなければいけないと感じています。
私たちは、施設立ち上げ以来、農家、消費者、労働者、生協、流通業者、メディアとともに、日本の農業と食卓が、豊かで、安全で、信頼の溢れる関係が進み、食糧主権という考え方が根付くことをめざし活動をしてきました。そして、私たちはそうした活動の中で、科学によるデータが、日本の農業を前進させ、食と農業を豊かにすることを知りました。さまざまな方によるボランティア精神に支えられ、歩んできた私たちのこの施設は、今再び全力で、日本の食を守る防人として、使命を果たさなければいけないと考えています。
残念ながら今、私たちには放射能分析に関する装備がありません。そして資金もありません。どうか、必要な機械の購入と私達の活動を支えてくださる資金的な応援をお願いいたします。
農民連食品分析センター運営委員会一同
2011年6月
農民連食品分析センターは、1996年に多くの農業者や消費者の募金により設立された背景を持つ世界的にも珍しい分析施設です。
1996年WTO国際協定を前に、急増する輸入食品に対して、小さな農家の組織は大きな危機感を持ちました。同じ頃、水際で検査に携わっていた行政の職員達も、法律改正による規制緩和に対して強い不安を覚えていました。そして、消費者の中にも大量に押し寄せて来るであろう輸入食品に対して、心配を募らせている人たちが増えていました。そんな状況を目前にしたとき、小さな農家の組織は覚悟を決めました。
「日本の消費者には私たちの作ったお野菜やお米で、いつまでも家族と文化を大切にした食卓を囲んで欲しい。これから多くの輸入食品が検査緩和の流れに乗りながら日本に押し寄せてくることになる。そうした農作物はこれまで以上に課題を抱えて届くことだろう。私たちが誇りを持って日本の大地から野菜を届ける心にかわりはないが、このままでは何も知らされることなく、輸入農産物を食べることになる消費者が気がかりでならない。輸入農産物の問題を伝える活動をしなければ。」
彼らは考えました。農家が、他国の農家を悪口のような批判をしても何も前進しません。彼らもその多くは日本の農民と同じ、厳しい立場に追いやられている仲間のはずですから。
もっとも中立であり、事実を明確に伝え、共有することができるもの、それは科学的データでした。彼らは科学的データを集め、公表することで、自分たちの野菜の品質向上と消費者と食の安全、安心に関わる問題点などを伝ええることができる、同時に世界とも連帯、協力、情報共有、学習をすることができると考えました。
当初は、行政や民間分析施設などに検査依頼をし、そのデータを公表していくつもりでした。しかし、いざ取り組んでみると、時間やお金がかかったり、さまざまな制約がありデータの公表ができなかったりすることがわかってきました。活動は暗礁に乗り上げかけます。このままではいけない、そういう思いがつのっていきました。幾度か会議で議論が交わされました。そして、ついに、これはもう自分たちで検査施設を立ち上げるしかない、そういう答えにたどり着いたのでした。
答えは出ました。しかしとても小さな農家の組織でした。台所事情も決して楽なものではありませんでした。分析施設の立ち上げや維持には莫大な費用がかかります。志と勢いでは乗り切れないものがそこにはありました。再び、暗雲が立ちこめはじめたとき、ふと気がついたことがありました。WTO国際協定のこと、輸入食品の急増のこと、正体がつかめない勢いでどんどんふくれあがっていく食品産業のこと、こうした食の安全、安心に関わる分野に不安をかかえ、情報が欲しい、活動をしなければと思っている人たちは自分たち農家以外にもいるということに。
自分たちだけじゃないはず、そういう思いの元、彼らは大きな夢と希望を持って、国民の砦、防人の施設を作る募金活動の種を播きはじめました。
小さな農家の組織が旗を振りスタートしたこの募金活動は、多くの農業者や消費者に支えられて、1996年5月20日、分析施設として一歩を踏み出すことになりました。 設立以来、学校給食パンのポストハーベスト農薬問題、漢方薬の残留農薬問題、割り箸への漂白剤使用問題、遺伝子組換えナタネ自生問題などを明らかにしてきました。特に、2000年、中国産冷凍ほうれん草の残留農薬問題摘発は食品衛生法改定のきっかけにつながりました。
これまで、第一期募金活動(分析センター設立2000万円枠)、第2期募金活動(遺伝子組み換え食品検査設備導入2000万円枠)、第3期募金活動(有機塩素系農薬およびカーバメイト系農薬検査機器導入募金2000万円枠)、第4期募金活動(重金属汚染検査機器および施設移転費用2000万円枠)第5期募金活動(ガスクロマトグラフ質量分析計導入募金2000万円枠)に取り組み、現在の装備、施設を維持しています。現在常勤スタッフ4名、顧問2名という小さな施設ですが、大きな志を持って活動を続けています。
